万葉集と古代ロマン

2019.05.22 Wednesday

0

    新元号の「令和」の典拠が「万葉集」ということもあって、今ちょっとした万葉ブームですね。

     

    万葉集といえば、地元にも多摩川を詠った歌があるんです。

     

    こちら神奈川から多摩川を渡って東京都狛江市側。

     

    かつてその辺りは「狛江郷」と呼ばれ、多摩川の雄大な流れと国分寺崖線から湧き出る水に恵まれた地域でした。

     

    土手道を遡行し[水神前]の信号を渡って万葉通りを行くと、まもなく右手に万葉歌碑が見えてきます。

     

     

    石碑にはこんな文字が刻まれています。

     

    ○多麻河泊爾 左良須弖豆久利 左良左良爾 奈仁曽許能児能 己許太可奈之伎

     

    多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの児のここだ愛(かな)しき

    [訳] 多摩川にさらさらと曝(さら)す手作り(調布)のように、更に更にどうして この娘はこんなに可愛いのだろう

     

     

    隣接する調布市の名前の由来ともなる、調(みつぎ)の布を多摩川の清流にさらしている様子を詠った、万葉集巻14 東歌です。

     

    古墳時代にあたる西暦660年頃、朝鮮半島で唐と新羅によって百済、高句麗が相次いで滅ぼされると、日本へ渡来してくる朝鮮半島の人々が増えたそうです。

     

    渡来人の多くは現在の東京、埼玉、神奈川辺りに住み着き、古墳はその名残だとか。

     

    また、狛江の由来については、高句麗(こうくり)を高麗(こま)といい、こまの人々の入江という意味が転じて「狛江」となったそうです。

     

     

     

     

    40年前の学生時代、自転車でのんびりゆるポタしていたときにたまたまこの石碑を見つけ、万葉集に興味を持ってしまいました。

     

    まだインターネットが普及する遥か昔でしたから、図書館へ通ってはこの川の畔に立ち、古代ロマン(!?)へと旅したものです。

     

    尚、「さらす白布のようにこの娘が愛しい・・・」と、我が娘への愛情を詠ったように解釈されますが、違う意味もあるそうです。

     

    「白布は白肌の例え、男女の深い思いを詠ったのよ」と、当時お友だちだった国文学科の女の子から教えていただきました。

     

    水の中でさらす白布に、万葉人はいろいろあれこれ妄想したようです・・・。

     

    まあ、文学というものはそんなものですね。

     

    焦ったなあ(汗)

     

     

    関連する記事
    コメント
    コメントする